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2001年2月10日、それは起きた。W杯モーグル飯綱大会の前日に行われた公式練習中にバランスを失って転倒した久保田は、左膝の前十字靱帯断裂というアクシデントに見舞われる。この瞬間から、彼女の前に開きつつあったソルトレイクシティー五輪への扉が、にわかに閉ざされはじめた。
ソルトレイクシティー五輪へは、里谷多英と上村愛子の出場がほぼ確定していた。残るあと一枚の切符を久保田は争っていたいが、去年の12月27日に発表された代表選手の中に彼女の名前はなかった。
北海道の藤野スキー場で、今ではすっかりキレを取り戻したターンとエアーを練習する彼女に訪ねてみた。4年後、22歳で迎えるトリノ五輪に行く自信は?「もちろんあります」力強く答えた後、「でも私、自信過剰なんですよね」と言って久保田は、はにかんでみせた。
コントロールされた気持ちと、新たに芽生えた意志。彼女は、トリノへと続く長い道のりを歩み始めている。
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